(一)
「定時報告、哨戒任務、北緯二十二、東経百三、目標地点より索敵、特に異常は見られず。機体良好、これより帰投します」
シロー・アマダは一人乗りのシートに座りながら、暗闇の中で自身を淡く照らすモニターの前で、通信機に話しかけた。その向こう側からはノイズに混じって、了解、ご苦労さまです、の声が微かに聞こえた。
返事はそれだけだった。シローは大きく息を吐き出して、背もたれに体を預けた。
右前に並んだパネルの横の、小さなレバーを回す。一瞬、天井が持ち上がり、そして蝶番の蓋が開くように天井が斜め上方に跳ね上がった。
強烈なオレンジ色の光がシローの目を眩ませた。息を吸い込む。昼間の沸き立った空気も、夕日が空を染める頃には幾分ましになっていたが、それでも濃い緑の強烈な生臭さは、まだ鼻についた。
密林から離れて、今、周囲はやや疎らな森となっていた。それでも今だ植物に支配されたこの地域で、人の営みはほとんど無かった。せいぜい、ここから東にある材木の伐採ぐらいなもので、シローはこの任務中も、人影を見た事はなかった。
陽はもう沈みかけていた。街灯はおろか、人工の光等まったく無いこの付近では、急速に闇に閉ざされる。それは時間の問題だった。
シートから体を抜き、ステップに足をかけて上半身を外に出す。そこは地上から八メートル程の高さにあった。大きな人型の機体が地面に腰を下ろしている。
それはモビルスーツと呼ばれていた。ガンダム、という名前で。シローはそのコクピットにいる。それは人型の胸の上に当たる部分にあった。
シロー・アマダの所属する連邦軍は、対する宇宙都市国家ジオン公国軍に比べて、モビルスーツの絶対量が少ない。このジオン独立戦争によって、ジオン公国軍が初めて使用し、その有用性を内外に広く知らしめて以来、連邦軍もそれに追随するようにモビルスーツを製造し、特に地球の激戦地である東南アジア方面軍に先行的に配備されている。機械化混成大隊と呼ばれる所以である。
シロー・アマダ少尉は第八モビルスーツ小隊の隊長だった。配備されたモビルスーツ、ガンダムは既に試験的に量産配備されたGM(ジム)をベースに、様々なオプションを利用出来るようになっているグラウンドタイプ、つまり陸戦型だ。
モビルスーツの足元で人影が動いた。シローはそれを見て声をかけた。
「ミケル、定期メンテは終わったか?」
ミケルと呼ばれた男、ミケル・ニノリッチ伍長は遠目で見ると少年にも間違える。実際、あどけなさの残る顔だちはその年齢よりも下に見られることが多い。パイロット候補生だが、機体数が少ないせいか、今はホバートラックでの砲手と、助手のようなことをやることが多い。シローが定時連絡をする間、ガンダムのメンテナンスを行っていた。
ミケルは手を振った。
「もう直ぐでーす!」
「今日はここでキャンプを張る。早く終わらせろよ!」
りょうかーい、と妙に間延びした返事をして、一瞬おいた後、ミケルが聞いてきた。
「あの、隊長、ちょっとトイレ行っていいですか?」
シローは頭を掻いた。全く、精神まで子供っぽい奴だ。
「行って来い。暗くなる前にメンテは終わらせとけよ」
はーい、と返事をしたあと、ミケルは手にした六角レンチを放り出し、踵を返して森の中に走っていった。
シローはタラップに乗って、フックに足をかけ、ワイヤーで地面へと降り下った。
森はところどころに小さな広場を作っている。八小隊の編成はガンダム三機にホバートラックが一台。人員は五名だった。シローは少し歩いて、もう一人のパイロット、テリー・サンダース二世のところに行った。
サンダース軍曹はガンダムに片膝を付かせて、その足元でハンドヘルドPCの画面と向き合っていた。
彼のガンダムは、背中にコンテナを背負っていた。上半身を一回り以上も上回る巨大なコンテナは武器や物資を運搬するためのものだが、今回の任務では哨戒の他に、百八十ミリ・キャノンの成形炸薬弾の量試品試射というものがあった。サンダースのガンダムには分解されたキャノン砲が積まれている。
「隊長」
シローに気付いたサンダースが振り返った。
やあ、と声をかけてサンダースの横まで歩み寄る。
「定期メンテは終わっています。キャノンの試射はどうしますか?」
サンダースが聞いてきた。試射の目的は、化合された火薬によって初速や反動の変化を調べるものだった。
「試射ったって、こんな森の中じゃあな。明日、帰投する前に適当に撃ってみるよ」
シローは気のない返事をした。元々百八十ミリ・キャノンは陸戦型ガンダムの象徴的な火器ではあるが、弾薬の制度の低さにはシローも閉口していた。何といっても歩留りが五十を切るようなシロモノである。弾数は五発を預かってきているが、正直、量試品等、一発も撃ちたくはなかった。
「あの噂、デマだったんですかね」
サンダースの言葉にシローは腕組みをして考え込んだ。
最近、この付近にジオン軍の部隊が駐留している、という噂である。数日前、近くに哨戒任務で来た別の小隊が、ジオン軍機の反応を捉えたというのであった。しかし、索敵結果に収穫はなかった。
仮にジオン軍が展開していたとしても、大部隊ではないはずだ。規模が大きければ、例えどんなところだろうと、連邦軍が察知出来ないはずはない。こんな僻地で何をしているのだろう。
サンダースも神妙になった。それを見てシローは言った。
「ジンクスは破られたんだ。もう気にするな」
いえ、そういうことでは、とサンダースは言ったが、それきり言葉を切ってしまった。
ジンクスというのは、サンダースが三度目の出撃をすると、必ず部隊は全滅する、というものだった。それ故、サンダースにはもう一つの字があった。死に神、彼はそう陰口を叩かれていた。だが、この前の三度目の出撃で、彼はジンクスを打ち破った。八小隊は誰一人欠けることなく生還したのである。だが、その時に遭遇した敵は連邦軍部隊を震撼させていた。
その巨大な敵は明らかにモビルスーツとは違い、桁外れの攻撃力を有していた。前面の封印された砲門が文字通りのものだとすれば、まるでビーム砲の移動トーチカのようなものだ。実際、シロー達は全滅していても不思議ではなかった。
「任務は終了、後は帰投するだけだ。今回はこれでよし、だ」
はい、と返事をするサンダースの声は、どこか元気がなかった。
(二)
直ぐに夜は訪れた。エレドア・マシス伍長が乗るホバートラックの脇で、シロー達は集まって夕食をとっていた。エレドアはいつものように口数が多く、出された携帯食の不味さや虫の多さや任務の不当さを始終嘆いていた。
「だいたい、俺はミュージシャンなんだぜ。連邦軍もしけてるよな。俺に曲の一つも作らせてくれれば、一気に戦意高揚でジオンなんかあっと言う間に倒せるぜ」
ぷっとシローが吹き出す。シローは、エレドアは確かにお調子者だが、ミュージシャンとしての資質も気質もあると思ってた。彼は頼まれても決して戦争の為の曲等作らないだろう。彼が作るのは愛と平和の歌だ。もっともこれは本人の弁だが。
「お前にやらせると、勝てるものも勝てなくなっちまう。連邦だって常識はあるんだよ」
そう言ったのはカレン・ジョシュワ曹長だった。八小隊の中では紅一点、姐御肌で、戦争についてはシローよりも経験があり、また、医学の心得もある。頼りになる女性だった。ただ、口が悪く、今だ、どことなくシローのことを信頼していない様子は感じられた。だが、せっかく持った部下である。色々な性格の人間がいるものだ。自分がしっかりと任務を果たしていけば、カレンも自分のことを認めてくれるだろう。シローはそう思っていた。
灯は、スタンド照明が二つ、頭上から照らしている。あとはコンロの火だけであった。そのコンロの上では、鍋の中に入った携帯シチューのパックが三つ、湯の中で茹だっていた。
サンダースは一人、もくもくと缶詰のコンビーフを口に運んでいた。
「ミケルは遅いな。どこまで行ったんだ?」
シローは言った。トイレに行く、と言ったきり、ミケルは今まで姿を見せていない。
「どうせ迷子にでもなったんだろ?」
エレドアが言い放つ。こんな森で本当に迷子になったのなら、大変なことだ。特に今は夜で灯は目立たないようにしてある。遠くからでは、それを頼りにすることは出来ない。
探しに行くべきか? そうシローが思い始めた頃、遠くの茂みがガサガサと動き出した。シロー達は一斉に振り向いた。
そこから両手を上げたミケルが姿を現わした。シローはほっとして、声をかけようとし、異変に気がついた。
ミケルの顔は歪んでいた。恐怖、だろうが、どちらかと言えば、困惑、といった感じだった。
「どうした? ミケル」
サンダースが言った。
その時、更に後ろの茂みから二つの小さな姿が現れた。十二歳くらいの少年と七、八歳くらいの少女だった。ミケルを先頭に立たせてこちらに近付いて来る。よく見えないが、少年はライフルのようなものを構えていた。
「何だ? お前たちは。何をやっている!」
サンダースが強い口調で言った。ひっ、とミケルを含めた三人が肩を竦めた。だが、声は出さない。
シローは、サンダースや他の二人を制して、立ち上がった。
「ミケルは俺の仲間だ。君達は何者だ? 子供がこんなところで何をやっているんだ? 言葉は通じるか?」
少年は怒りを露にして言った。
「言葉くらい通じる! お前達、モビルスーツを持っているな。こいつに聞いたんだ。僕に寄こせ!」
「モビルスーツなんてどうするんだ?」
シローは聞いた。子供にはモビルスーツや、そのパイロットに憧れる者は多い。戦争している今ではモビルスーツ乗りは花形だ。だが、この様子では単なる憧れとは違う印象を受ける。
「うるさい! お前達に関係ない!」
少年が言い放った。その脇で震えていた少女は、視線を落として何かを見つけた。少年がその様子を見て、気がついたようにシローに言った。
「そこの缶詰とコンロの上のものを寄こせ」
シローは振り返った。足元のシチューのパックは丁度良いぐらいに赤い美味そうな色を浮かべている。見た目だけは鮮やかだ。
「腹、減っているのか?」
「早くしろ!」
少年の言葉にサンダースは立ち上がって、パックと缶詰を幾つかもって、彼らに歩み寄った。それを見て少女が一歩後ずさり、そしておずおずとサンダースに近付いた。
「熱いぞ、気をつけろ」
サンダースが柔らかい声で言った。それでも少女は奪うようにそれらをもぎ取って、急いで少年のもとに取って返す。
「どうしたいんだ? お前たち。どうしてモビルスーツなんか欲しいんだ?」
「関係ないと言っているだろう?」
少年が言った時、ミケルが突然震え出した。
ミケル、どうした? とシローが聞いて、ミケルは口を震わせながら言った。
「あの、まだ、してなかったんです」
シローが何を、と聞いてそれを思いつき、呆れてしまった。
「こんな時に」
「でも、我慢が」
ミケルはもじもじと足を揺らしていたが、とうとう顔を顰め、両手を股間に押えて、突然走り出した。そのまま木々の間に姿を消す。
「おい、お前!」
少年が叫んだ。その瞬間、サンダースも駆け出し、少年との距離を一気に詰めた。驚く少年を尻目に、彼が持つライフルを奪い取る。それは全く造作もない行動だった。
「兄ちゃん!」
少女が叫んだ。少年がその場に尻餅をつく。その顔は死を覚悟したような強烈な恐怖を浮かべていた。
「よくやった、サンダース」
シローは言った。サンダースは、はい、と言って少年に背を向けた。こちらに歩いて来る。シローも歩き出した。サンダースはすれ違い様、現地の子供ですが、ライフルはジオンのものです、と耳打ちした。現地の人間は基本的に連邦軍にもジオン軍にも肩入れしない。どちらも自分達の生活を脅かす敵でしかないのだ。シローは自分達にまとわりつくゲリラの頭目の娘を知っているが、それは特別なことだった。
シローは少年の前まで来ると、屈んで彼の顔を見た。全くあどけない普通の少年に見えた。少女が少年に寄り添う。兄妹だろうか、その姿は悲痛にも見えた。
シローは振り向いて、隊員達にもう大丈夫だ、と言った。カレンとエレドアがようやく気を緩める。
木々の向こうからミケルが現れた。
「あれっ、終わっちゃったんですか」
ミケルは訳がわかってないようだった。
「ミケル!」
シローは怒鳴った。
(三)
少年と少女は並んで乾パンを頬張っていた。前にはすっかり平らげてしまったシチューのパックがもう五つも捨てられていた。量よりも栄養を重視したものであるが、育ち盛りの子供達は、やはり腹いっぱい食べたいのだろう。しかもこの二人は見る限り、二、三日、何も口にしていないように見えた。
「いきなり、背中に銃を突きつけられたんですよ! 僕にはどうしようもなかったんです」
ミケルは言い訳をずっと続けていたが、誰もそれを聞いていなかった。全員が、コンロを中心に円を作っていた。
ようやく少年が一息ついた。
「聞かせてくれるかな? 君達のこと」
少年はシローを一瞥すると、俯いて話し出した。
「僕達はここから北にあるゼヌマナという村に住んでるんだ。父さんと母さんは木を切って運んでいる。いつものように仕事場まで歩いていると、突然、兵隊のキャンプにぶつかったんだ。モビルスーツがあった。父さんと母さんは兵隊に捕まって、僕らはそこの車の上に置いてあった銃を持って逃げたんだ」
そこまで言って少年は少女を見た。少女は食事の手を休めなかった。少年以上に少女は空腹が激しいようだった。
「じゃあ、両親を助けるためにモビルスーツが欲しかったのか?」
少年は頷いた。
「ジオン軍だな」
サンダースが言った。
「名前は何て言うんだい?」
カレンが聞いた。
「僕はシビル、こいつは妹のリュリュ」
リュリュと呼ばれた少女は、一度少年のほうに顔を向けて、そしてまた食事を続けた。
「噂は本当だったんですね」
サンダースの問いにシローは頷いた。
「でも、何でこんなところにジオンがいるんだ? ここは単なる未開の地だぜ」
エレドアが言う。シローもその点、腑に落ちなかった。
カレンはハンドヘルドPCを手にして、キーを叩いた。
「ゼヌマナという小さな村は地図に載ってます。北に二十キロ行ったところにあります。小さな山があって、その山腹です。山の反対側は崖になっていて、そこには現地の人間が材木の切り出しをやっています」
北に二十キロ? 少年たちは二人で森の中をそんなに歩いてきたのか? シローは感嘆した。
「やつらは山の麓に基地を作ってるんだ」
少年の言葉にエレドアが反応した。
「基地? んな訳ねーだろ。こんな何もないところで。だいたい、お前ら、どうしてこんなところにいるんだ。村に帰って大人たちに頼めばいいだろ? 単に逃げ出してきただけじゃないのか?」
少年がエレドアを睨んだ。瞳が潤んでいた。
「村のやつらに何を頼むって言うんだ!」
シローは少年をなだめた。確かに相手が連邦軍にしろジオン軍にしろ、関わり合いにはなりたくないだろう。つまり見捨てたのだ。二人の両親を。それにこの二人が逃げ出した、というもの間違いではあるまい。もちろんそのつもりは無くても、結果的にそうなっていた可能性は高い。シロー達と出会ったのは奇跡的な偶然だ。
だが、知ってしまった以上、シローはこのままではいけないと思った。ジオンが何かをしている。基地を作っている、というのは眉唾ものだが、敵が何かを始めたのなら、阻止する必要がある。
少年は肩にかけてあったバッグから、小さな機械を取り出した。安物の古いカメラだった。
「基地の写真を録ったんだ」
そういってシローに差し出した。シローはそれを受け取るとカレンに渡す。大概のカメラにはモニターに接続して内容を見ることが出来る。カレンはPCからコードを出してカメラと接続した。
それをカレンを中心に全員で覗き込む。エレドアが、ひゅー、口笛を吹いた。
「何だ、基地じゃないですよね?」
ミケルが言った。確かにトレーラーが数台あるが、基地と言えるものではなく、基地建設のための施設もなかった。そこにはモビルスーツの姿は無かった。
「次の写真がそうだよ。紫のと緑色のが全部で二機あるんだ」
カレンは次の写真を映した。ぶれた画面に濃い紫色の横幅の広い鈍重そうなモビルスーツが映っている。頭部は当然モノアイだ。光が帯を引いていた。背景がぶれているのは焦点がモビルスーツに合っているからだ。
「緑色っていうのはザクだな。でもこいつは新型か?」
「大したことなさそうなやつですね」
ミケルがそれを見て、くくっと笑った。エレドアがそれを見て、バーカ、と声を出した。
「どうした、エレドア」
サンダースが聞く。
「こんだけ背景がぶれてるってことは、このモビルスーツ、相当速く動いているってことだ。それに見ろ、走っているわけじゃねぇ。ホバー移動している。手にはバズ、背中のはヒート系か? ひょっとすると厄介な奴だぜ」
ミケルはまさか、と言ったが、サンダースはエレドアに同意した。写真は周囲が森であることが判る。それでこのスピードで移動しているのであれば、運動性は極めて高いだろう。つまり小回りも利くはずだ。パイロットの使い方次第だが、同じ地上用の機体なら機動性が高いほうが勝る。
「どうするんですか、隊長」
カレンが聞いた。答えを待って全員が息を飲んだ。
「ジオンをそのままにしておくわけにはいかない。きっと何かあるはずだ。モビルスーツの数なら勝っている。それに」
シローはシビルとリュリュを見た。この二人の気持ちを考えれば、そのまま突き放すことは出来ない。
「俺は二人の両親を助けたい」
「もう処刑されてたりして」
ちゃちゃを入れるエレドアを、サンダースが怒鳴りつける。リュリュは今にも泣きそうな顔をしていた。エレドアはばつが悪くなってそっぽを向いた。
「やるんですか? もう任務は終わりなのに」
ミケルが言った。
「増援を要請する方法もありますが?」
カレンの意見にシローは首を振った。
「そんなに時間をかけるのもまずい。やるなら直ぐだ」
カレンはやれやれとばかりにPCの電源を落とした。だが、その姿はこうなることは判っていた、とばかりに平静だった。サンダースも、もうそのつもりになっていた。
「シビル、リュリュ、君達の両親は俺達が必ず助け出す」
「本当?」
リュリュが聞いた。彼女の幼い悲痛な願いの籠もった声は、全員を決心させるに充分だった。
「ああ、本当だとも。約束する。必ず助け出してやる」
シローは明言した。
(四)
夜の森の中を二十キロというのは、かなり困難な道のりだった。約一時間半かかってようやく、シビルのいうジオン軍基地を見下ろせる山の中腹、張り出した小さな丘となっているところまで辿り着いた。
「あれだよ!」
シビルが指差してその場所を示す。シローとサンダース、そしてカレンはシビルを伴って、そこを見下ろしていた。エレドアとミケルはリュリュとともに待機している。
確かにジオン軍のキャンプだった。モビルスーツは二機あった。一機はザクⅡの陸戦仕様機、もうひとつは例の新型だ。小さな広場の四方から照明で照らされ、煌々と浮かび上がっている。山間の窪地になければ、この照明は目立ったことだろう。キャンプを挟んで西の山腹にシビル達の村が、そして東の向こうにシビルの両親の仕事場があるはずだった。
キャンプは仮設の建物が四棟、そして大型の燃料タンクが五つ、こんな場所には不釣り合いな大型トレーラーが三台あった。よく見れば、キャンプのすぐ脇を一直線に道路が走っている。なるほど、あの道路はこの小さな村落の生活道路だ。
「不思議なキャンプですね」
サンダースが言った。確かに、存在意義を見出せるキャンプではなかった。
「どうあれ、ジオン軍を好きにさせておくわけにはいかない」
「で、どうするんです? 今、仕掛けますか? 朝まで待ちますか?」
カレンの質問に、シローは考えた。もう夜中だ。視界は悪いが向こうも条件はそう違わない。地理を把握出来ていない分だけ、こちらが不利だ。ただ、モビルスーツはこちらのほうが多い。
よし、とシローは決めた。全員を引き連れて、エレドア達の元に戻る。ホバートラックの中に入ると皆でテーブルを囲んだ。シビル達も一緒である。
「作戦はこうだ。エレドアのホバートラックでキャンプを襲撃、敵新型モビルスーツをおびき出す。俺とサンダースが東の材木加工所で待ち伏せ、新型を倒す。その間にカレンがガンダムで基地を強襲、両親を助けた後、出来るだけ施設に被害を与えて、脱出。落ち合う場所は、シビル達と出会った場所だ」
全員、うーんと唸った。最初に口を開いたのはカレンだった。
「そんな作戦がうまくいくとは思わないね」
曹長! とサンダースが窘める。だが、カレンは動じることなく言った。
「事実として、我々は緻密な連携がとれるほど、互いの意志が精通しているとは思えません。それに新型が出てくるという根拠は? それを撃退出来るという自信は? 私が基地を襲撃して両親を助ける方法は? 不確定要素が多ければ部隊全滅という可能性もあります」
カレンは言い放ち、そして最後にちらとサンダースを見た。シローはサンダースの表情が曇るのが判った。ジンクスが破られても、どこかで全滅すれば同じだと、そう言いたいのだ。それにカレンの言うことはいちいちもっともだった。全滅、という言葉を聞いて、ミケルは、ひぃっと身を縮めた。
「だいたい、何で俺がそんな危ないことしなきゃならないんだ?」
エレドアも口を尖らせた。
「ホバートラックが一番足が早い。ちょっかいを出して逃げ出せば、エレドアの言うとおりの性能があるとすれば、追ってこれるのはあの新型だけだ。キャンプから離してしまえば、地理的な条件は同じ、二対一で待ち伏せが出来れば、必ず倒せるはずだ。カレンは、シビル達を連れて行け。相手がザクなら、カレンなら遅れはとらないはずだ」
「子供を危険に晒すのは、承服出来かねます。それに襲撃の直後なら警戒は厳重なはずです」
カレンが言った。シローはシビルとリュリュを見る。彼らの意志は強い。確かに子供を加えることはシローも悩んだ。だが、彼らの両親についてシロー達に情報は少ない。派手な攻撃を仕掛ければ、両親を巻き込んでしまうかも知れないのだ。その辺りはカレンならば配慮出来ると考えてのことだ。だが実際、両親かどうかはシビル達にしか判らない。彼らに確認してもらうしかないのだ。それはシビル達も判っていることだった。シビルは頷いた。
カレンは、しかし、と消極的だった。だが、シビルもリュリュも、自分達がやる! と主張した。カレンは頭を押えて、判りました、と言った。
「おい、カレン! 何、納得してんだよ! 真っ先に危ないのは俺なんだぞ!」
「そうですよ、カレン姉さん! 死んじゃったらどうするんですか?」
カレンはふっと笑って、やるしかないね、と言った。ミケルは、ああ、B・B、と国に残してきた彼女の名前を口にして頭を抱えた。
「ちっ! 言ってろ! お前が死んだら、彼女に吉報を送ってやるよ!」
「エレドアさん、酷いや!」
二人の言い争いを止めさせたシローは、地図を広げて配置を確認させる。移動には時間がかかる。カレンはここで子供達と待機、シローとサンダースは二時間で待ち伏せ地点まで移動、その後、エレドアが陽動をかけて作戦開始だ。
「よし、準備開始だ。みんな、シビル達との約束を果たし、そして全員、生きて戻れ!」
シローが号令をかける。全員が了解、と声を揃えたが、元気なのはシローと子供達ばかりで、他のみんなの返事はいまいち頼り無げだった。
(五)
突然のけたたましい警報に、ズバイ・ロドノ少佐は飛び起きた。時計を見る。まだ夜明けには随分と時間がある。
「何事だ!」
ズバイは怒鳴った。だが、警報は鳴りやまず、兵士達の喧騒だけが淡く聞こえてきた。
仕方なく軍服を着て、仮設の兵舎から出る。ズバイのいる所は、一般の兵士とは別に儲けられた士官用のものだ。ここを使うのは現在ズバイだけで、だから、兵の姿は見えない。
「まったく、わしはちゃんと眠っているところを無理矢理起こされるのが一番嫌いなのだ!」
誰にともなく吐き捨てると、慌てて目の前を横切る歩兵の一人を捕まえた。
「おい、お前! これは何の騒ぎだ!」
一瞬、兵士が戸惑い、自分を捕まえているのがズバイだと判ると、敬礼した。
「敵襲であります! 詳細は、自分には不明です!」
「ばかもの!」
ズバイは歩兵を突き飛ばした。歩兵は慌てて走り去る。敵襲だと? こんな辺境にどこの馬鹿だ! それに状況を把握せずに兵共は何をしている?
そのまま歩いて兵舎の一つへと入った。この中継キャンプの指令所となっているところである。当然、ここも仮設の簡単なプレハブ作りだ。
中は数名の兵士がレーダーに張りついている。通信を試みる者もあり、混乱しているのがはっきりと見てとれた。
「どうしたのだ! 状況を報告せよ」
ズバイは開口一番、そう怒鳴った。
一人の兵士が走り寄り、敬礼して言った。
「連邦軍の襲撃であります。敵はホバー装甲車が一台であります」
「装甲車が一台だと?」
そんな馬鹿な。モビルスーツもあるんだぞ? このキャンプのために新型のドムまで回してもらったのだ。そんなもので攻撃を仕掛けてくるのか?
「損害は? 何故、気が付かなかった?」
「大きな被害はありません。燃料タンクの一つが爆発、炎上しました。攻撃は散発的です。ここは山間の窪地ですので、比較的残留ミノフスキー粒子が濃く」
ズバイは歯噛みした。よりにもよってこんな時に。だいたい、ここでは燃料タンクが一番重要ではないか。ある意味、兵を消耗させてでも守らなければならない。それにミノフスキー粒子のせいではあるまい。全く、無能な奴らだ。
「アプサラス到着までの時間は?」
「あと七時間です。ノリス大佐に報告しますか?」
ズバイはかっとなって怒鳴った。
「何をどう報告するというのだ! 連邦の装甲車に襲撃されていますと? それではわしまで無能呼ばわりされるではないか!」
窓の外を見る。確かに向こうの道路沿いからこちらに向かって伸びる火線が確認出来る。
「フラットランダーどもが!」
ズハイは吐き捨てた。わしに恥をかかせおって。
「ドリュー・ケイオンはどうしている?」
兵士は情報収集の混乱で、右往左往している。ズバイの言葉への反応も鈍い。
「は、はい。ケイオン中尉は既にドムに搭乗、現在、待機中であります」
「さっさと出撃させろ!」
兵士は困惑した。
「しかし、たかが装甲車一台に新配備のモビルスーツを出すのは」
そのたかが装甲車で混乱しているのは誰だ! ズバイは通信機に近寄ると、そこについていた兵士からマイクを奪い、怒鳴った。
「ケイオン中尉、いるな?」
はっ、と返事が返る。
「出撃しろ。装甲車だろうがなんだろうが、わしのキャンプを襲撃してただで済まないことを教えてやれ!」
しかし、とケイオンが言った。
「装甲車というのは怪しいですね。モビルスーツをおびき出すための囮ではないでしょうか?」
ケイオンは冷静だ。たしかにでっち上げの中継基地だが、モビルスーツがあるのは判っているはずだ。
「貴様の腕と、ドムの性能があれば、連邦軍の罠も物の数ではないはずだ。こちらにはまだザクが一機ある! 奴らに目に物見せてやれ!」
はっ、と返事を返すと通信は途切れた。その次の瞬間には、爆音とともに窓ガラスがびりびりと振動を始めた。
ドムはいつでも稼動出来る状態にしていたのだろう。ケイオンはこの部隊の中では出来る男だった。
さあ、行って連邦の馬鹿共に吠え面をかかせてやれ。後はこっちの馬鹿共だ。
「警報を消せ! さっさと混乱を治めてこい! ザクを起動させて、他の襲撃に備えよ! 攻撃ヘリも待機させておけ!」
ドムはズバイの指令所の前を通り過ぎた。レーダーは装甲車が後退を始めたことを伝えていた。
(六)
「うひょー! 来た来た来た!」
エレドアが叫ぶ。ミケルはホバートラック上部にある機銃座で銃撃を行っていた。反撃はほとんど無かったものの、生きた心地はしなかったのだろう。ようやく中に戻ってきた時は肩で息をして、今にも泣き出さんばかりに鼻をすすった。
「よくやった! 作戦通り、あの新型がくるぜ!」
エレドアはホバートラックを、木々を縫うように走る道路の上を走行させた。夜間ではライトを付けていても、曲がりくねった森の中の道を高速で走らせるのは難しい。このテクニックは八小隊の中ではエレドアの右に出るものはいない。
ホバートラックの運転中でも、エレドアはヘッドフォンを付けて、そこから聞こえてくる敵の音を拾っている。このホバートラックは情報収集用の車両である。それは担当のエレドアの音感と相まって高い能力を有していた。もっとも今エレドアが聞いているのは、敵新型との距離をつかず離れず一定に保つためである。流石にホバートラックは動きながらの音紋索敵は出来ない。
「大丈夫なんですか? 追いつかれたりしないですよね?」
ミケルが背後から声をかける。
「るせぇ! 情けねぇ声出すんじゃねぇ! 俺が追いつかれるかよ! だいたい振り切ってもまずいだろ! 俺の腕を信じろ!」
エレドアは胸を張ってみせた。その瞬間、ホバートラックが左右にふらついて、ミケルは床を転がった。
「ちょっと! ちゃんと運転してくださいよ!」
「判ってるって! さっさと隊長のところにご案内するぜ!」
ミケルはよろよろと立ち上がって、後ろに下がっていった。走行中の車両は、ホバー走行の為、揺れは少ないとはいえ、普通に歩き回れるほど重力加速度は小さくない。
しばらくして、ミケルが悲鳴を上げた。
「エレドアさん! 敵が、バ、バズ、バズ!」
「何、ズバズバ言ってるんだ!」
その瞬間、目の前の道路が爆発し、紅蓮の炎が上がった。エレドアは驚いたが、道幅は狭く左右に逃げ場はあまりない。仕方なくその炎の中に突っ込んだ。舞い上がった土砂が車体を大きく揺さぶった。
「攻撃か? おい、ミケル、奴の姿は見えるか?」
はい、と頼り無い声が響く。エレドアはヘッドフォンを脇に捨てた。
「ミケル! 敵さんからの攻撃を見てろ! 撃って来たら俺に言え!」
「そんな無茶な!」
ミケルが悲鳴を上げた。敵からの攻撃の瞬間が判れば、回避の基準になる。敵の持つバズーカは実体弾だ。発射から着弾までは、僅かではあるが時間がある。敵との距離は判っている。着弾の直前に車体を揺らせば、直撃の可能性は減るというわけだ。
「ああ、撃ちそう、撃ってきた! エレドアさん! 右、右です!」
エレドアは八の字に似たハンドルを左に切った。その瞬間、車体の左側で爆発が起こった。爆風に煽られて、車体が大きくバウンドした。
「馬鹿野郎! 反対じゃねえか!」
左右に大きく揺れるホバートラックを何とか制御して、エレドアが怒鳴った。
「右に避けてって言ったのにぃ!」
ミケルの声は相変わらず情けない。
「もういい! お前は撃ってくることだけを教えろ!」
エレドアはアクセルを目一杯踏み込んで、更に加速させる。
「待ってろよ、隊長さんよ! エスコートはばっちりだぜ!」
(七)
シローはその時を待っていた。ガンダムをアンブッシュさせて、エレドア達を待つ。ガンダムの頭部にはシュノーケル・カメラが設置されている。それを伸ばし、周囲の状況を観察していた。ナイトビジョンによって、闇夜でも視界は利く。待ち伏せに怠りはない。
サンダースは三キロ程北で、百八十ミリ・キャノンを構えている。背後は五十メートル程切り立った断崖となっていた。その下にはシビル達の両親の仕事場だろうか、小さな建物の前が広場になっており、そこには切り出した木材が山と積まれていた。道はその前まで続いているのだ。シローとサンダースは一度その地形を確かめ、狙撃地点とすることを決めた。
おびき出した敵モビルスーツをシローが攻撃、ひるんだところをサンダースが仕留める。単純な作戦だったが、うまくいく自信はあった。
まだか。シローは緊張感で額に汗が浮かんでいた。
山のなだらかな稜線の向こう側で赤い光が見えた。爆発の光だ。来た! シローは操縦桿を握る手に力を入れた。
「サンダース、そろそろだ」
了解、とサンダースが答える。エレドアから通信が入った。
「隊長さんよ! お客さんの到着だぜ!」
「よくやった、エレドア」
距離は二十キロ近く離れていた。レーダーで捉えてはいるものの、さすがに木々に隠れて、敵の姿は見えない。
シローはタッチパネルの一つを押した。森に仕掛けておいた照明弾が打ち上げられ、それが空中で爆発して周囲に光を投げかける。
位置は把握している。シローは望遠でその場所を見た。木々の間に動く機体を確認する。
「いけっ!」
シローはトリガーを押し込んだ。陸戦型ガンダムが構えていた百二十ミリ・マシンガンが火を吹いた。銃口から発射された炎の礫が一直線に敵のいるところまで伸びる。その周辺で木々が薙ぎ倒された。
「隊長、あとは任せるからな!」
エレドアが通信機の向こう側で言った。この後、エレドアとミケルはキャンプに取って返し、カレンの援護をする手筈になっている。
よし、とシローは声を上げて、さらに銃撃を続けた。撃破は出来ないまでも、エレドア脱出の時間稼ぎと、姿が確認出来るまで敵を誘き寄せるためである。
エレドアのホバートラックはレーダーから消えていった。敵は徐々にではあるが、こちらと距離を詰めている。
出来る奴だ。シローは思った。敵機は細かく動いてこちらの攻撃をかわしている。それでいて、ちゃんとこちらの位置を把握し、近付いている。
マシンガンの弾が切れた。マガジンを交換する。そしてレーダーを見た時、それがすぐ近くに迫っていることを知った。
まさか! シローが顔をモニターに向ける。そこに巨大な影が覆い被さった。
シローはガンダムを後退させた。目の前で巨体が構えたバズーカから炎が吹き出す。まずい! シローはスロットルを最大まで引き上げ、スラスターの噴射によって後方に加速させた。その時、ガンダムの足が木に捉えられて右にバランスを崩す。左脇のすぐ側をバズーカの弾が掠めていった。
「この!」
シローはマシンガンと、左胸についている六十ミリバルカンを同時に発射した。その攻撃は敵に僅かにダメージを与えるだけだったが、それでも敵をひるませることが出来た。
今だ! シローはマルチランチャーから煙幕弾を発射した。空中で破裂し、周囲を煙で包む。
それを見て、シローはガンダムを大きく弧を描きながら後退させた。
「見えているな、サンダース!」
「はい、撃ちます!」
煙幕から敵が姿を現わす。機体は煙の尾を引きながら、シローを追って来た。
その直前で地面が爆発した。サンダースの百八十ミリ・キャノンである。敵はその攻撃方向に顔を向けた。
シローは敵に向かってマシンガンを放った。だが、敵は僅かに前進してそれをかわした。
何だと! シローが驚愕する間もなく、敵が前方に加速する。遠くでちらりと光が閃き、その次の瞬間、敵の足元が爆発した。だがそれにひるむことなく、敵機は前進した。
「サンダース! そっちにいったぞ!」
「了解! くそっ! 反動が大きすぎて、衝撃で射線がブレている! な、何!」
サンダースが悲鳴を上げた。シローはそこに向かった。
敵の機体が激しく輝いたと思うと、オレンジ色の長い光が振り上げられた。それが残像を残しながら、振り回される。
「しまった! キャノンが。ぐわっ!」
サンダースとは、その言葉を最後に通信が途絶えた。
「どうした! サンダース!」
シローは叫んだ。
(八)
「行ったようだな」
カレンはキャンプから出撃する敵モビルスーツを捉えていた。それが充分に距離が開くまで待つ。大した時間はかからなかった。
一人乗りのコクピットにはカレンの他に、シビルとリュリュが一緒に乗り込んでいた。スペースはほとんどない。二人の子供はリュリュがカレンの膝の上に、シビルはシートの頭当てに抱きつくようにして、上部ハッチとの隙間に身を収めていた。
出撃していった敵がレーダーから消える。よし、とカレンはガンダムを起動させた。
「行くよ。お前達、しっかり掴まってな」
「うん」
シビルとリュリュが同時に返事をする。
カレンはガンダムを走らせた。そして丘から跳躍して、キャンプの直ぐ近くに着地する。敵に反撃する機会を与えず攻撃する。やることは明確だ。カレンはマシンガンを構えて、走りながらそれを連射した。
銃撃はキャンプ内に飛び込み、そこら中で光を発し、地面が破裂した。ほとんど舗装されていないキャンプの敷地は、たちまち銃弾を受けて穴だらけになった。
こうやって兵を混乱させておいて、建物から引き離す。建物は仮設のものだ。ガンダムでも破壊は簡単だ。天井でも破れば、中の確認も出来る。それらしい建物を子供達に確認させ、必要ならガンダムを降りてでも自分で見つける。エレドア達が戻って来る手筈になっている。時間稼ぎをすれば、それで救出は可能だ。
ザクが一体残っているのが難点だが、この兵士の様を見れば、ぜんぜん統率されていないのが判る。カレンはほくそ笑んだ。
ようやく、兵士がマシンガンを撃ってきた。だが、それでモビルスーツが止められようはずがない。カレンはそこにバルカン砲を発射して蹴散らした。
ガンダムの目の前をロケット弾が横切った。対モビルスーツ用のロケット砲だ。
さすがに直撃されるとやっかいだ。カレンはそれを探した。右側に自走砲が見えた。マシンガンをそれに向かって発射する。自走砲は簡単に破壊出来た。
カレンはあっけない敵の反応に、半ば呆れながら、うまくいっている自分の行動に酔っていた。それが油断を引き起こしたのだろうか、今まで姿を見せなかった敵モビルスーツ、ザクが既に起動してガンダムに迫っていた。
こんなやつ! カレンには倒す自信があった。だが、ザクの携帯する武器が火を吹いて、それを防ごうと盾を構えた瞬間、その表面で大きな爆発が起こってガンダムは一、二歩、あとずさった。
「何?」
カレンは驚愕した。ガンダムがガクガクと揺れる。
「おねえちゃん!」
と、リュリュがカレンに抱きつく。ザクはバズーカを持っていた。
ちっ、そんなもの! マシンガンを向けてザクを銃撃する。それを右に大きくスライドして避け、さらにバズーカを発射した。
もう一度盾で受け止める。その時、盾を構えたガンダムの腕が軋みを立てた。モニターにアラートが表示される。関節に負荷がかかり、モーターが緊急停止したのだ。左腕が使えなくなった。
「何てこった」
カレンは舌打ちした。調子に乗り過ぎた。これじゃ、エレドアじゃないか。そんなことをカレンは思った。これは面白くない、こっちが不利だ。
ザクはさらにバズーカを発射した。カレンはそれをうまく避けたが、ガンダムの挙動は想像以上に重くなっていることが判った。
スラスターを噴射させて、飛び上がると、そのままガンダムを後退させる。
「どうしたの、おねえちゃん」
シビルが聞く。
「後退する。仕切り直しだ」
カレンは自分の甘さが作戦を失敗させたことを後悔した。これじゃ、誰かさんのことを口には出来ない。カレンは歯噛みした。
(九)
「大丈夫か、サンダース」
はい、と弱々しい声が通信機から聞こえた。
ここは崖の下、材木加工所の広場である。サンダースのガンダムはそこに寝そべっている。周囲には材木が散乱していた。
サンダースの機体は、敵モビルスーツの急接近に対応出来なかった。それというのも、敵に装備された目眩ましの閃光がサンダースをひるませたのである。敵はヒート剣を振り上げ、百八十ミリ・キャノンの砲身を真っ二つにした。発射する直前だったが、もし発射していたらマガジンが暴発していたことだろう。そういう咄嗟の判断はサンダースの優れているところだった。だが、敵の二撃目がガンダムの横腹を捉え、後方に飛んでも避けられずに崖下に転落した。そして機体は動かなくなっていた。
シローはサンダースの異変に気付き、敵の注意をこちらに向けさせ、徐々に回り込みながら、サンダースのところまでやってきていた。
「私は大丈夫です。機体は上半身は動きますが、腰から下は駄目です。シャフトがいかれたみたいです」
サンダースは言った。彼が無事なことは嬉しかったが、敵は近くまで来ている。
「修理は今は無理です。行ってください。私が囮になります。マシンガンのマガジンを持っていってください」
「そんなことが出来るものか!」
シローは言った。だが、条件は悪い。シローのガンダムはもう弾薬が尽きかけている。マシンガンには最後のマガジンが三分の二、胸の六十ミリバルガンはもう底をついて、マルチランチャーはすべて煙幕弾だ。
一方、サンダースの機体も同様だ。上半身は動くといってもそれでどうなるものでもない。
今のガンダムで一番強力な武器は膝下横に装備されたビーム・サーベルだ。しかし、敵のヒート剣のほうがリーチは長い。接近戦で斬り合いとなったら圧倒的に分が悪い。何か手はないのか?
周囲を見回すとへしゃげて上に大きな穴の開いた武器コンテナ、砲身をすっぱりと切られたキャノンが落ちている。あとは材木だけだ。
確かに敵と斬り合うなら、サンダースの機体を囮に使う方法が一番いいかも知れない。だが、それで相手の目を眩ませるほど、敵のパイロットは素人ではない。むしろその逆だ。
うん? シローは閃いた。少しの注意さえ逸らせればいいなら、この方法は使えるかも知れない。
シローはサンダースに自分の考えを伝えた。
「結局、サンダースには囮になって貰わなければならない」
しかしサンダースは、大丈夫です、と言った。
「よく、そんなことを思いつく」
シローは壊れたキャノンをサンダースの機体に持たせ、その上に武器コンテナを被せた。そして、開いた口から材木を詰め込む。散乱した材木のほとんどを詰め込んで、コンテナはいっぱいになった。
「無茶なのは判っているが」
シローは言った。だがこのまま退却することが出来ない以上、なんとしても敵を倒さねばならない。サンダースに機体を捨てさせるのが本当だろうが、自分一人で倒せる敵でないことは明確だった。
「行ってください、隊長」
サンダースが言った。
「敵を連れて来る。頼むぞ、サンダース」
はい、という返事を聞いて、シローはガンダムをジャンプさせた。そして崖の上に着地する。敵の姿は見えなかった。レーダーはかなり離れた位置に反応を捉えている。
こっちだ! シローはマルチランチャーのスモーク・ディス・チャージャーを連射した。そして、敵の方角に向かって銃撃する。マガジンはサンダースの機体のものを全て持ってきている。だが、これは決定打にはならない。先程の攻撃を見ても、敵の重装甲と丸みを帯びたボディは、マシンガンの弾丸を受け流すには充分だ。ピンポイントでモノアイを狙えれば何とかなるかも知れないが、それを許してくれる敵ではあるまい。
「こっちだ! 来い!」
シローは叫んだ。もちろん、相手には聞こえるはずも無い。だが叫ばずにはいられなかった。サンダースを危険に晒す作戦だ。お前は絶対に倒す!
敵がシローに気付いた。急速にこちらに向かってくる。
「ここだ!」
シローはそこに向けて、マシンガンを放った。火戦が森の向こうに吸い込まれて行く。敵に当たった様子は無かった。
レーダーの点滅が不意に右にそれた。何? 驚くシローの側面から突然敵が飛び出して来た。ヒート剣を握っている。振り上げられた瞬間、シローはマシンガンを乱射しながら、後ろに飛んだ。
五十メートル程降下して、崖の下の着地する。直ぐ横にはサンダースの機体があった。
「降りて来い!」
シローは執拗にマシンガンを撃ち続けた。マガジンを新しく取り替え、そしてまた撃つ。
敵が飛び出し、そしてシローと同じ位置まで降り下った。シローはそれを見て後退する。敵はシローに向かって前進し、そして横たわるサンダースの機体を見つけた。動きを止めてバズーカをサンダースに向ける。
シローは後退を止めて、最大加速で今度は敵に向かって突進した。バズーカがシローのほうを向く。
「こいつを食らえ!」
サンダースが叫んだ。ガンダムの手元から爆発が起きる。百八十ミリ・キャノンの暴発だ。そしてその爆圧が被せてあったコンテナを破裂させた。詰め込まれた材木が飛び散り、敵機を襲撃した。
凄まじい勢いで材木の群れが敵にぶつかる。その勢いに圧され、敵は一瞬、体勢を崩した。
「今だ!」
シローはビーム・サーベルを引き抜き、マシンガンを乱射しながら敵に急接近した。マシンガンの弾丸は敵のバズーカの砲口に飛び込み、マガジンを爆発させた。それでマシンガンの弾丸は尽きた。
敵が目の前に迫る。ヒート剣を構えようとする敵よりも速く、シローは相手の懐に飛び込み、そしてビーム・サーベルで敵の横腹をくし刺しにした。
敵の動きが止まる。一瞬、ぶるりと震えて、そして後ろに倒れた。敵はそれきり動かなくなった。
た、倒した。シローは安堵の溜め息をついた。
「隊長!」
サンダースが声を上げる。シローは我に帰って倒れた敵を見た。コクピットが開き、パイロットがかけ出してゆく。
しまった! シローが追おうとする間もなく、パイロットの姿は森の中に消えた。
「敵のパイロット一人、どうなるものでもない。それより大丈夫か? サンダース」
「はい、何とか。それにしてもいい判断でしたね」
そうとは思えなかった。敵の隙をつくるためにサンダースを危険に晒したのは事実だ。サンダースのガンダムはキャノンの暴発で右手首は完全に吹き飛んでいた。右胸も傷つき、へこんでいる。
シローはサンダースの機体の横に跪いた。下半身は死んでいるが、このままにも出来ない。
「カレン達を援護に行く」
シローはそう言ってガンダムに肩を貸すと、呼吸を合わせて機体をジャンプさせた。そして崖の上に着地すると、そのまま、ガンダムを引きずりながら、敵キャンプに向かった。
(十)
シローとサンダースは、カレン達と合流した。基地の様子が静まり返り、不信なものを感じたので、そのまま合流地点へと向かったのだ。その時、カレンから通信が入ったのである。
「どうしたんだ?」
「見ての通りです」
カレンの機体は、腕が盾を構えるように曲がったまま動かなくなっていた。
「敵を甘く見た、私の責任です」
カレンは言った。シローはいや、と彼女を庇った。
「それは俺も同じだ。倒せると過信して、サンダースの機体を損傷させてしまった。うまく行ったのはエレドアとミケルだけだ。まったく、これじゃ顔向け出来ないな」
シローは自分に呆れていた。もっとうまいやり方があったはずだ。短絡的に走ってしまった自分を情けなく思った。
「そのエレドアとミケルですが、まだ帰ってません」
何? とシローが首を傾げる。もう彼らが帰ってから、かなりの時間が経っている。少なくともシロー達より遅くなることはないはずだ。
「あの二人、どこで道草食ってるんだ?」
サンダースが怒りを露にした。
シローも気になった。しかし、それ以上に今考えなければならないのはシビル達の両親のことだ。新型を撃破しても、これでは救出はままならない。
「どうしますか?」
カレンが聞いてきた。シローは考えた。だが、もうさっきの様な作戦は立てられない。消耗が激しすぎるのだ。
「サンダース、機体は修理出来そうか?」
「故障箇所はだいたい判ります。一時間あれば動かせるようには出来るはずです」
どうするかと頭を悩ませ、シローは決断した。
「一時間後、再び攻撃を仕掛ける。夜明けも近い。ぐずぐずしていたら、敵の増援がくるかも知れないし、彼らの両親も危険が大きくなる。サンダースの機体は直せなければ置いて行く」
了解、とみんなが返事をする。
「是が非でも修理します」
サンダースが付け加えた。
きっかり一時間後、シロー達はガンダムを進ませた。サンダースは本当にガンダムを動かせる程度には修理を終えていた。まだまだ不安定だが、それでも大きな戦力となりうる。形だけは三対一だ。敵のモビルスーツはシローとカレンが受け持ち、その間にサンダースがシビル達の両親を探す。シビルとリュリュはサンダースの機体に乗り移った。
だが、マシンガンの弾薬の絶対量は少ない。シローとカレンがワンパックずつ、サンダースの機体は三分の一以上撃ち尽くしたものがつけられた。
「よし、このまま前進して敵キャンプに突入する!」
ガンダムは丘を駆け降り、道路を横断してキャンプに迫った。キャンプでサイレンが鳴り始める。だが、それは直ぐに鳴りやんだ。
「変だな? 敵の動きが静かだ」
シローは訝しんだ。三機のガンダムが並んでキャンプ内に足を踏み入れる。その時、シロー達を投光機が照らし出した。眩しい光で一瞬目が眩んだ。光はシローのガンダムを中心に照らしている。僅かに光から逸れたサンダースの機体も、その姿がボロボロの有様であることを理解させるには充分だった。だからサンダースを軽視しているのだろうか。投光機はシローとカレンに向けられていた。
「貴様ら! 性こりもなくまた来たのか!」
どこかのスピーカーからがなり声が聞こえる。ここの指揮官だろうか。
見た事のある装甲車がシロー達の前に走って来る。その上に三人の人影があった。
「エレドア! ミケル!」
シローは叫んだ。それは間違いなかった。装甲車は二人が乗っていたホバートラックだ。二人とも、両手を後ろに回している。繋がれているのだろうか。一番左側はジオン軍軍人だ。手にマイクを持っている。
ザクがバズーカを構えて後方に待機する。戦闘用の銃座やグレネード弾用の箱が装備されたジープが、ホバートラックの左側に就いた。それには運転手が一人、銃座に一人いる。その他にもばらばらと兵士たちが集まってきた。
「あの馬鹿たち、のこのこ敵基地まで行って捕まったのか? まったく、ちょっと誉めればこれだ」
カレンが吐き捨てた。
「こいつらは人質だ! 命を助けて欲しかったら、機体を捨てて降りて来い!」
司令官はさらに叫んだ。
「どうします? 隊長」
サンダースが静かに聞く。仕方がない。シローは全員に言った。
「コクピットを開けろ」
シロー達はガンダムのコクピットを開けて身体を晒した。両手を上げる。その時、ウインチが作動する音が、サンダースの機体から聞こえた。
「隊長! 子供達が降りていきました」
「何!」
シローは困惑した。機体が照らされていないことが幸いした。子供達は見つかっていない。だがこちらも下手な動きは出来ない。シローは唇を噛んだ。
(十一)
エレドアとミケルは両手を後ろ手に縛られて、ホバートラックの上にいた。エレドアの右側にはここの司令官が立っている。左側のミケルはぐずぐずと涙目で震えていた。
後ろにはザク、周囲にはジオン兵、全く、最悪だ。
「僕、今回はこんなのばっかりだ」
ミケルが嘆いた。んなこたぁ、どうでもいい! エレドアはミケルを睨んだ。
ガンダム三機は前方四百メートルくらいのところで立ち尽くしている。畜生! 俺達がドジ踏まなけりゃ、あの三機でこんな基地、ぶっ壊していたのに! カレンなら大丈夫だろうと悠々と乗り込んでいったのが間違いだった。あっと言う間に敵に囲まれて捕虜だ。
ガンダムのコクピットが開く。三人が姿を見せた。
おいおい、どうするんだよ? 隊長さんよ、何か策はあるのか?
エレドアが幾ら頭を働かせても、事態を好転させる妙案は浮かばなかった。ミケルに期待するは無理だ。
こんなところで死ぬのか? 俺はミュージシャンなんだ。戦争なんてそもそも俺には合ってないんだ。レコード会社にデモテープも送ってある。手応えも悪くない。結果を知る前に花と散るなんて御免だ!
その時、左脇、丁度ホバートラックの横に止まっているジープの向こう側で、何かが動いた。
何だ? エレドアは顔を向けずに、視線だけをそこに凝らせた。
見覚えのある顔が二つ、姿を現わした。
シビル、リュリュ? あのガキ共、何をやってるんだ? 見つかっちまう、さっさと逃げろ!
エレドアは心の中で叫んだ。
リュリュは危なっかしく、ジープの荷台から手榴弾を一つ手に取った。それは銃座の兵士に見つかるのではとひやひやさせるのに充分な危うさだった。
リュリュからそれを受け取ったシビルは、エレドアに合図を送って、それを振りかぶった。
馬鹿! 止めろ!
エレドアは叫びそうになった。が、何とか口にすることを抑えた。シビルは手榴弾を司令官に向かって投げつけた。
それは弧を描いて、狙い違わず司令官の頭を直撃した。
「うがぁっ!」
司令官が頭を押えてうずくまる。手榴弾が鈍い金属の重そうな音を立てて、ミケルの足元まで転がった。
「だ、誰だ!」
司令官が叫ぶ。そしてジープの兵士達も振り向き、シビル達は見つかった。
「お前ら! 逃げろ!」
エレドアは叫んだ。司令官はふらふらと立ち上がり、そいつらを捕まえろ! と叫んだ。
「テメェはさっさと落ちろ!」
そう言ってエレドアは、司令官の尻を思い切り蹴り飛ばした。それは稀に見るスマッシュヒットの感触をエレドアに与えた。
司令官は撥ね飛んで、ジープのボンネットの上に顔面から激突し、そして動かなくなった。
兵士が騒めき出した。
ガンダムも動き出した。エレドア達のことは見えているはずだ。頼むぜ! 隊長さん!
後ろではザクの駆動音が響き始めた。
シローのマシンガンが火を吹いた。それを食らってザクが爆煙を上げて後ろに倒れる。それを見て、ジオン兵達は混乱した。
「おい! ミケル! 今だ、さっさと逃げるぞ!」
だが、ミケルは足元の手榴弾に震え上がっていた。
「ば、爆発する! し、し、死ぬ!」
「良く見ろ! そいつは起動してねぇ! 爆発しねぇよ!」
あっ、ホントだ、とミケルはしげしげとそれを見つめた。
シビルとリュリュがホバートラックの上まで登って来る。シビルはエレドアの後ろに回って、彼の手首を縛っていたロープを解いた。
「お前ら、恩にきるぜ!」
エレドアは手榴弾を手に取ると、司令官が伸びているジープの助手席に投げ入れた。起動はさせなかった。突っ伏した司令官の姿を見れば、そんな必要はないと思ったからだ。
ミケルも解放し、エレドアはリュリュを抱き上げ、ミケル、シビルを伴って、ホバートラックの中に駆け込んだ。
「おっしゃ! 形勢逆転だ!」
(十二)
ジオン兵は混乱の極みに達していた。見れば司令官らしき男はジープの上で伸びている。この統率力の無さは司令官の能力の無さだ。シローはそう思った。
ホバートラックがガンダムの足元まで走って来る。
「エレドア、ミケル、無事か?」
シローは聞いた。
「ああ、ガキ共に助けられた」
エレドアの声は上擦っていた。
シローはマシンガンを乱射して、燃料タンクの一つを破壊した。巨大な火の玉が天に向かって舞い上がる。それが周囲を真っ赤に染め、さらに兵たちの混乱を誘った。
カレンの銃撃がジープを破壊した。
遠くでヘリのローター音が響いてくる。ジオンの戦闘ヘリだ。シローは上を見上げた。数は二機、真っ直ぐこちらに向かっている。
ガンダム三機が同時にマシンガンを発射した。サンダースが一機を、シローとカレンがほぼ同時にもう一機を破壊した。
「抵抗するな! 逃げたい奴は逃がしてやる! さっさと行け!」
シローはガンダムの拡声器で怒鳴った。わーんと耳に響くハウリングを立てて、それは基地の隅々にまで轟いた。
ジオン兵達は我先にと、残った車両やトレーラーに乗り込んで逃げて行く。
正直、シロー達にはジオン兵達を追撃する余裕は無かった。捕虜に出来るとも思えないし、仮に捕虜に出来たとしても、とてもでないが、それを管理は出来ない。逃げてくれるなら、それがシロー達にとって最良のことだった。
ものの二十分、その間に兵士達の姿はなくなった。キャンプには明かりが灯ったまま、ジオン兵だけが居なくなった。
シロー達は一息つく間もなく、シビル達の両親を探しにかかった。
二つの兵舎を巡り、そして士官用の兵舎らしいところに入って、その奥に鍵のかかった部屋を見つけた。
「中に誰か居ますか?」
シローが聞くと、誰です? と返事があった。女の声だ。
「連邦軍所属のシロー・アマダ少尉です。シビルとリュリュに頼まれて二人の両親を探しています」
まあ、と女性が声を上げた。
「シビルとリュリュは私の、私達の子供です。あなた、子供達が連邦軍を連れてきてくれたわ」
女性は確かに二人の母親のようだった。彼女の興奮気味な声の後、掠れた男の声が聞こえてきた。
「こ、子供達が、シビルとリュリュがいるのか?」
「この人、ジオン兵に暴行されたんです、怪我してるんです」
シローは銃を構えるとドアノブの下、鍵穴の部分を狙った。
「離れていてください」
そこに銃弾を打ち込み、鍵穴を破壊する。シローは扉を蹴り開けた。
部屋は特別なところはなく、ごく普通の兵舎の中の一室だった。ただ、机等は一切なく、がらんとしていた。その隅で男がうずくまり、その男を抱くように女がしゃがんでいた。
「シビルとリュリュの御両親ですね?」
二人が頷いた。シローは男に近寄って彼の状態を見た。外傷はそれほどではないが、よく判らない。
「そこでじっとしていて下さい。詳しい者を呼んできます」
シローはカレンを探すと、彼女を連れて二人の元に戻った。
カレンは男を見つけると歩み寄って、彼の手を取る。
「内臓に少しダメージあるようですが、鬱血もありませんし、安静にしていれば大丈夫です」
カレンの言葉にシローも女性も安堵の息を吐き出した。
男はゆっくりと立ち上がった。それを女性が支える。
「色々と済まない。私はホルク、向こうは妻のアレニアだ。子供達が来ているとは本当か?」
はい、とシローが言った。その時、扉の向こうでドタドタと廊下を走る音が聞こえ、二つの小さな影が飛び込んできた。
「父さん! 母さん!」
シビルとリュリュが同時に叫んだ。
「おお、お前達!」
二人は駆け寄り、父親に抱きついた。父親は痛みも表に出さず、自分の子供達を抱きしめた。そして母親も抱き寄せる。再会を喜び合う四人の家族を見て、シローは涙腺が緩んで鼻をすすった。
カレンも瞳を潤ませ、それが流れ落ちる寸前に指でそれを拭った。
(十三)
「全滅だと?」
ジオン軍戦闘機ドップのコクピットで、パイロットスーツを着たノリスがその通信を受けたのは夜明け間近のことだった。
「貴様はそのまま脱出しろ。アイナ様には進路を変更していただく」
申し訳ありません、と通信機の向こうで言った。通信はそれで終わった。
「ケイオンのドムがやられるとはな。しかし、ロドノの無能をのさばらせて置いたのは不覚だった」
ノリスは呟くと、通信機のスイッチを入れた。
「アプサラス、アイナ様、聞こえますか?」
はい、とまだ若い女の声で返事があった。
「中継基地は使えなくなりました。北西に反転してください。別動隊が補給を行います」
了解です、と返事が返って来る。基地まで数十キロ、という地点で巨大な影がドップの下で向きを変えた。それを見てノリスも、自分のドップの方向を変える。彼の横にはもう一機のドップがいたが、それもノリスに追随した。
最後にノリスは中継基地の方向を一瞥すると、一言吐き捨てて、スロットルを上げた。
「フラットランダーめ!」
ホルク親子はひとしきり、再会の感動に浸っていた。シロー達は邪魔しないよう、そこを離れて、他の八小隊の面々とガンダムの修理を行っていた。
しばらくして、ようやくホルク親子が現れた。シビルとリュリュは父親の手を引いている。アレニアもホルクに肩を貸していた。
「本当にありがとう、もう駄目かと思っていた」
ホルクはシロー達に頭を下げた。
「いや、自分達は何も。全部、シビルとリュリュのお蔭です」
シローは言った。本当にそうだと思った。自分達は手を貸しただけだ。大きな口を叩いて助けると約束したのに、自分達の未熟さが、自分達に危機をもたらせた。それは認めなければならない。
「違うよ、お兄ちゃん達がお父さんとお母さんを助けてくれたの!」
リュリュが言った。彼女はすっかり父親に甘えていた。ホルクの怪我のことも薄々判っているのか、父親の身に負担をかけない様、気を配っていることも判った。
「うん、ありがとう、お兄ちゃん」
シビルが言った。もう彼は普通の明るい少年に戻っていた。初めて見た時の悲壮感はもう無かった。
「ありがとうございます」
四人は改めてシロー達に頭を下げた。
ズバイはずるりとジープのボンネットから滑り落ち、そしてようやく意識を取り戻した。全く、なんてことだ。連邦の奴ら、皆殺しだ! そう怒りを沸き立たせて周囲を見ると、もうジオンの兵は誰一人見つからなかった。ずっと向こうに目を凝らすと、連邦のモビルスーツが三機、膝をついている。その足元に敵の姿を認めた。
ズバイは歯噛みしたが、彼はこの基地が、既に連邦軍に破れたことを悟った。もう残っているのは自分だけだ。もし奴らに見つかったら、捕虜になるか、悪くすれば殺される。
ズバイの中の怒りは突然、恐怖に変わった。
逃げなければ。
ゆっくりと音を立てない様、ジープに乗り込み、そっとエンジンをかけた。ガソリン・エンジンが始動し始めると、向こうの連邦兵士が一斉にこちらに振り返った。
ズバイはジープをバックさせると、ハンドルを切って、一目散に逃げ出した。追って来る気配はない。ズバイはそのままアクセルを奥まで踏んだ。地面は戦闘でデコボコしており、ジープは何度も跳ね上がりながら走った。
恐怖から解放されると、ようやく再び怒りが込み上げてきた。
見ていろ、連邦軍め! わしがこのまま引き下がると思うなよ!
そう思った時、一際大きくジープが揺れ、助手席で何かが跳ねた。ゴツンと鈍い音を立てて、円筒形の金属筒が転がっている。ピッピッと音を立てていた。
何だ? とそれを拾い上げてズバイは青くなった。
「あいつの事、すっかり忘れていたぜ!」
エレドアが地団駄を踏んだ。
気絶していたから、そのままにしておいた。せめて繋いでおけば良かった。シローがそう思った時、遠くで爆発が起こった。全員でそれを見る。空中に爆煙と共に、ジープの部品らしきものが舞い上がった。
「何だ? 何が起こった?」
サンダースが言った。
「ちっ、もういい、放っておきな」
カレンが頭をかく。もう誰もその爆発を気にしなかった。
「ごめんね、お兄ちゃん」
リュリュがミケルに謝った。僕を捕虜にしたことかい? とミケルが尋ねて、リュリュは俯いてしまった。それを見て、シビルもごめんと謝る。
「いいって、別に。それよりも捕らわれた両親を助ける子供達と、親子の再会。感動的だったなあ。早速、B・Bに報告しなきゃ。それに僕らが手を貸したんだぞって」
「バーカ、テメェに都合よく書くんじゃねえぞ! ドジばっかだったくせに!」
エレドアがミケルをからかい、ミケルは怒りだした。
じゃれ合うような二人の姿をシローは微笑ましく眺めた。
そのシローにシビルが歩み寄る。
「ありがとう、約束を守ってくれて」
シビルが言った。シローは彼と握手を交わした。
「お父さんとお母さんを大切にな」
うん、と大きく返事をして、シビルは両親の元に駆け寄った。
シローは安堵感に包まれていた。子供達との約束を果たしたこと、そして八小隊全員が無事に生還したこと。これは今後、大きな意味を持つに違いない。
眩しい陽光がシロー達を射し始めた。遠くの山の稜線から、世界を照らす光が煌き出す。
シローはそれを眩しく見上げ、そして隊員達に向き直り号令を発した。
「八小隊はこれより帰投する」
(終わり)
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