ガンダム・フェイクからようやく這い出たメスリーは空中で爆発するジェニューインの破片と、降下するダス・ゼルプストの姿を見つけた。
「ミリス!」
メスリーは叫んだ。ダス・ゼルプストは遥か彼方へと落ちていった。
「隊長」
メスリーの耳に弱々しい声が聞こえてきた。振り返るとエディが立っていた。
「大丈夫か、エディ」
「はい、何とか」
エディは空を見上げた。まだ、ジェニューインの残した爆発の煙が見えた。
「終わったんですね」
「ああ、終わった。ミリスがやってくれた」
メスリーは言った。そして、指差した。
「ダス・ゼルプストは向こうに落ちた。ミリスを迎えに行こう」
はい、と返事をしたエディの声に被さるように、轟音が響いた。見上げた二人の上にブースター付きの小型シャトルのシルエットが浮かんでいた。ヴァルハラのものだった。
それは旋回しながら降下し、ギアを出して着地した。地上を走り速度を落としながらメスリー達に近づく。
二人はそれに駆け寄った。
昇降口が開いて人影が姿を現わす。
「クリエなの?」
二人の前に馴染んだ顔が現れた。懐かしいと思えるほどだった。
「よかった、二人とも無事で。とうとう終わったわね」
二人は笑みを浮かべて頷いた。クリエが手を差し伸べた。
「迎えに来たんだ。ヴァルハラに行こう」
「待って」
それをメスリーが制した。
「ミリスを助けに行かなきゃ。その先に落ちたの。そんなに遠くじゃないわ」
だが、クリエは首を振った。
「駄目よ、イルジニフ博士はミリスを連れて来るなと言った」
「そんな馬鹿な!」
メスリーは驚いた。
「ミリスを見捨てて行くの? 私達のためにあんなに頑張ったのに」
「このシャトルにガンダムは乗せられない。イルジニフ博士はガンダムをミリスに預けるのが一番だと言ってた」
「ガンダムの為にミリスを置いて行くのか? そんなことが出来るものか」
エディも声を荒らげた。
「イルジニフ博士は何か考えがあるみたい。最初はあたしも腹が立ったけど、それに賛成した。メスリーの言った通り、あの子はあたし達のためによく頑張ってくれた。もういいじゃない。ミリスをヴァルハラに連れてきても、ミリスが安心して暮らせるとは思えない。あの連中の中じゃね。休ませてあげなきゃ」
クリエの言葉にメスリーはミリスの墜ちた方角を見つめた。
ミリスを巻き込んでしまったのは自分だ。それに対して何もしてやれなかった。アリアもそうだ。事情はどうあれ、彼女が死ぬ原因を作ったのは自分なのだ。それはクリエにも、そしてエディにも大きな傷を作ったに違いない。失ってしまった他のガンダムのパイロット達、グラーネのクルーやメカニック。結局自分は何も出来なかった。
このままミリスを自分と行動を共にさせることが、彼女にとって良い事なのか判らない。
ならば、いっそ、ここで別れたほうが良いかも知れない。彼女を昔の生活に戻してやるほうが良いのかも知れない。会ってしまってからでは遅い。このまま会わずに別れるほうがいい。
ミリスは自分の進む道は自分の手で作っていける娘だ。自分とは違う、強い娘なのだ。
「さよならも言えないなんて」
メスリーが呟くように言った。瞳はダス・ゼルプストが墜ちた方向からずっと離れなかった。
「大丈夫、また会える。絶対に会える」
クリエの言葉にメスリーもエディも頷いた。そしてシャトルへと乗り込む。
最後にクリエが潤んだ瞳のまま扉を閉めた。
そして、シャトルは地面を蹴って空中に舞い上がり、また轟音を発して宇宙へと昇っていった。
ミリスはダス・ゼルプストの掌の上で目覚めた。体を起こして周囲を見回す。
荒涼とした中に、大きな岩が転がっている、いつもの見慣れた風景だった。太陽は地平線に向かって、まっしぐらに駆け降りている。
ダス・ゼルプストは地面に座り込み、ミリスを両手で大事に包み込むようにしていた。
何故、そんな格好をしているのかミリスには判らなかった。自分が無意識に動かしたのか、それともダス・ゼルプストが勝手に動いたのか。
だが、そんなダス・ゼルプストの姿を見て、ミリスは改めて親近感を感じた。いや、それは愛おしい、というものだった。
「お前は」
ミリスは話しかけた。
「優しい子ね」
ダス・ゼルプストの瞳がミリスを見下ろしていた。
「メスリーとエディは大丈夫かしら」
ミリスは立ち上がろうとしたが、足には全く力が入らなかった。
仕方なく、またそこに寝そべった。夕日が赤く燃え始め、ミリスとダス・ゼルプストを照らす。その眩しさにミリスは瞳を閉じた。
このまましばらく待とう。そう思った次の瞬間には既にまた、眠りの世界に向かっていた。
再び目覚めた時には、空は星の光に満たされていた。月明かりがほのかに二人を包んだ。何時間眠ったのか判らない。
ミリスはゆっくりと立ち上がった。少しふらついたが、それでも随分と回復していた。
メスリー達の姿は見えない。そんな予感はしていた。
探すつもりはなかった。多分、彼女らはもういない。そう感じた。
彼女らは行ってしまった。ミリスの前に姿を現わした時と同じように、突然に。
しかし、一方でまた会えるような気もしていた。
向こうもそう思っている。だから、彼女達は行ってしまったのだ。
メスリー達との別れは、ミリスには何の感傷も与えなかった。
待てばいいのだ。そうすればいつかきっと会える。それは遠い日ではない。そんな確信があった。
ふと、カーゾンの事を考える。彼の言ったこと、地球がターン・タイプと呼ばれる宇宙人達によって滅ぼされる。それも遠くない時期に。
だが、自分にはどうすることも出来ないだろうと思う。
今までの生活に戻るだけだ。
そして、アリア。彼女のことはミリスの心の中に、大きく刻まれている。それは大切な思い出だ。
ダス・ゼルプストを見上げた。
「帰ろうか」
ミリスの言葉にダス・ゼルプストは立ち上がった。
そしてゆっくりと歩き出す。
掌の中でミリスは自分の帰るべき道を見つめた。
しばらくは二人きりだ。ガンダムと。ダス・ゼルプストと。
また以前と同じような生活に戻るが、全く同じというわけではない。今は新たな相棒を得た気分だった。
ふとイルジニフが、私達の娘、と言っていたのを思い出した。
娘、か。それがどんな感覚なのかは想像つかないが、ダス・ゼルプストに抱く感情はひょっとするとそれに近いのかもしれない。
ミリスはしゃがむと足を横にして体を楽にさせた。両手を下に着ける。冷たく硬い装甲の中から、表現出来ない温かなものを感じ取った。
「この子は」
口に出して言った。顔を上げた。ガンダムと瞳が交わった。
「娘なのね」
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